Charis Color(カリスカラー)ブログ

色と花のこと、ライフスタイルetc...

父という存在<前編>

昨日は父の日でしたね。皆様にとって、お父様はどんな存在ですか?

本日は私と父との今までの関係性、そして現在の関係性を書かせていただこうと思います。

ただ長いので今回は前編と後編に分けたいと思います。

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著作者: Priceless_Video

 

数年前まで私にとって父は、いつキレ出すかわからない・何を考えているかもわからないとてもおっかない人で、出来るだけ関わりたくない存在でした。笑

 

ー学生時代の父と私の関係ー

学生のときは機嫌が悪ければよく八つ当たりされ、私の言動で父にとって気に入らないことがあれば「お前は親のことだけ聞いとったらええんじゃ」「お前なんかなんもできへん」「おまえがそんなしょうもないことしてるから…」と言われていました。

そんなに何度もそのことを言われたかは正直覚えてないけど、八つ当たりはしょっちゅうされてましたし、先ほど書いた言葉は、私にとっては大人になっても決して忘れることのできないほど、大変ショックな父からの言葉でした。

そしていつも父が怖くて萎縮し、何も言えず、たまに言い返してももちろんさらに上をいかれて、怒鳴られていました。それでも私は父に認めて欲しくて、ただたた褒めて欲しくて必死に勉強していました。

 

これだけ聞くと、皆さん色々父に対して思われるかと思いますが、優しいところももちろんあって毎週土曜日か日曜日に学生のときは必ず家族を外食に連れて行ってくれてましたし、お金に苦労することなくたくさん勉強もさせてもらったし、父の”こうしなければならない”に反しなければ、自分がしたいことも比較的させてもらいました。

 

ただね、私が父から欲しかったものは週末の美味しいご飯でもなくお金でもなく、

 「よく頑張ったね」「頑張ってるね」という、私をちゃんと見て伝えてくれるたった一言、それだけだったんです。

でもどうしてもその一言がどんなに頑張ってももらえなくて、何度悲しくて泣いたかわかりません。

 

ー22~26歳までの父と私の関係ー

色彩心理を勉強し、父との関係が少し良くなったものの、まだまだ私は父のことが怖くて萎縮していました。

私には特に反抗期がなく、わがままと言ったら高3・20歳のときにアルバイトを相談なく決めたことと、会社を辞めて結婚を決めたことでした。そのブライダルの会社は当時ANAより入社が難しいと言われていたこともあり、また就職氷河期とも言われていた時だったのでめちゃめちゃ怒られて「1年で会社辞めてどないすんねん。そんな世の中甘くないぞ」と何度も言われました。

しかし、それでも彼と一緒に居たかった私は、父のいうことを聞かずに結婚を選びました。

結婚式では祖父が死んだとき以来見たことがなかった父の涙を見ました。

そのときに「もっとちゃんと自分が思っていることを伝えたらよかったな」と思ったけど、私には結局東京に行くまでそれができませんでした。

 

そして、初めての東京での生活が始まったのですが、ご存知の方もいらっしゃいますように、旦那とうまくいかなくなり結果別れることに…

腸炎に2回なり逆流性食道炎になり精神科にも行って体重は39キロまでになってしまっていました。今言ったことから皆さんにも想像してもらえるかとは思いますが、見た目もげっそりだったし、どんな顔して父にその事実を伝えたらいいのか 、どう会いに行けばいいのかと悩み、また何を言われるのかもとても怖かったことを覚えています。

 

ーまさかの味方ー

しかし離婚の話をして「私は結婚を辞めても東京で働く」と伝えたとき、母には「全部一旦やめて家に帰ってきたら?」と言われたんですが、「ええんちゃうんか」と、先に賛成してくれたのは父でした。

そして、初めての一人暮らしに初めての独立生活のスタート。パートで花屋にちょっといただけだったのでもちろん仕事のツテも一切ありません。結婚していたときに覚悟をしていたつもりだったけど、本当に一人でやると決めた動き出したのとでは覚悟の度合いが全く違いました。厳密に言うと同じ覚悟を持っていたつもりでしたが、違うものだったのです。

ずっと見てきた会社を経営する父の背中、わかっていたようで全く分かっていなかった自営業の大変さ。押し潰されそうになる不安な気持ち。一人でこんな状態なのに、何十人も社員を抱える父の気持ちは一体どんなものだったのだろうか、夢を持つこともできず会社を継がないといけなかった父の気持ちはどうだったのだろうかと考えたとき涙が溢れてきました。

 

 学生で一緒に暮らしていたとき、「お帰り、今日も私たちのために一生懸命働いてきてくれてありがとう。」と言えていたら、父の態度も違うかったのではないか。そう思ったし、きっと気持ちに余裕がなかったんだろうなと、父と全く同じ気持ちにはなれないけれど、今やっと同じ経営者の端くれとして父側の気持ちになって考えることができるようになりました。

 

そして、独立してしばらく経ったある日、私は体調を壊して咳喘息が再発し咳が止まらなくなってしまいました。そのとき、もうここまできたら、私には失うものも怖いものをなくなっていたし、正直全てにおいて余裕がなかったので私は父に連絡をして助けを求めました。

 

<後半に続く>

 

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